カリギュラ アニメ版

ゲームのアニメ化のための制約をうまく逆に生かして、ゲーム版のファンも納得の作品になったと思います。

Vitaのゲーム版は既にプレイ済み。ゲームとしては粗が目立つ部分もあるものの、シナリオとキャラクターデザインの良さで好きな作品でした。PS4版はあると思っていましたが、まさかアニメ化までされようとは。
http://yamak.hatenablog.com/entry/2016/12/10/115815

しかし、本作はPS4版がアニメ版の放映中に発売ということで、いくつかの制約条件があったのではないかと思います。

1. シナリオのネタバレをどこまで行うか

シナリオがメインのゲームだからこそ「アニメを見たからゲームやらなくていい」という状態にしてはまずいわけです。一方で完全にオリジナルシナリオにしてしまうとVita版をやったユーザは不満が出るわけです。

2. キャラクターの多さに対して時間が短すぎる

元のゲームはプレイヤー側、敵側それぞれ7人、合計14人にそれぞれ個別の現実世界での事情というシナリオがあります。それを1クール12話でやるというのがかなり無理のある前提です。だからと言ってキャラクターを切ることもできません。

3. 主人公のシナリオがない

カリギュラのゲームにおいては主人公自身の過去は明確ではありません。これは我々プレイヤー自身が、現実に悩みをもってゲームをしていることのメタ表現であり、カリギュラの根幹部分です。とはいえアニメでは何らかの特定されたシナリオが必要になります。

これら制約条件に対するアニメ版の回答はこうなります。

1. 現実の事情はあっさり自ら公開

アニメ版のキャラクターはメビウスに来た現実の事情はあっさり自分で話します。ゲーム版をやっていると結構拍子抜けします。内容もゲーム版と同じです。ネタバレという意味では大きいですが、そこなしではアニメは成立せず、変えるわけにもいかなかったのでしょう。

2. 主人公と各キャラクターの関係構築はゲームで

ではゲーム版の楽しみとして残されたのは何か。それは各キャラクターとの関係構築です。ゲームでは少しずつキャラクターとの関係を構築し、徐々に心を開いていく。アニメ版ではかなり急展開で感情が追い付かない部分もありましたが、そこはゲーム版の楽しみとして残しています。

3. 主人公はメビウスそのものの鍵を握るキャラクターに

主人公のシナリオがないということは、ここが最もアニメ版オリジナルの要素を入れられるということです。ここで主人公はメビウスそのものの鍵を握るキャラクターにしたというのは大きいと思います。これはゲーム版では決してできなかった。なぜならゲームでは主人公はプレイヤー自身だからです。

この主人公をどうするかという解決が素晴らしく、ゲームとは全く違う結末ながら、ゲーム版のユーザにも物語を追う楽しみがあり、なおかつプレイヤーとしての主人公の物語とも整合性が取れる。

そして何より、自らのアイドルを殺すというカリギュラの物語として、ゲーム版、アニメ版ともに異なる立場ではあれ、心に染みるいい話だったと思います。