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東京バレエ団 ベジャール・ガラ

いやベジャール面白いですね。未だに"ベ"ジャールか"ペ"ジャールか間違えるレベルのにわかではありますが、本作もボレロもザ・カブキも面白かったので、やはり自分はベジャール好きなのだと思います。本作を観ながらベジャールの何がいいのかちょっと考えてみました。

まず、観客と共通認識が必要とされる「やろうとしていること」が明快です。すごい大雑把に言うと、バレエにはストーリーのあるものとないものがありますが、どちらも観客との共通認識をもつのが結構難しい。

ストーリーのあるものは、当然バレエは話をしないので、複雑な話は単にみているだけではわからない。この限界はえてして「教養」という形で埋められるわけです。つまり名作だから知っていて当たり前。この考えは便利な反面、少なくない観客をおいてけぼりにしてしまう。そして、ダンスによってのみ伝わることの限界に無自覚になってしまう。

ベジャール作品のストーリーのあるものは、あまり知られていないストーリーが多いですが、そこを「教養」という形に甘えるのではなく、普通に観ていてもわかるレベルまできちんと落とし込んでくれる。だからといって過剰に説明的というわけではない。ストーリーという意味でもオチまでちゃんと楽しめるわけです。ドン・ジョヴァンニ中国の不思議な役人もそうでした。

そしてストーリーのないものは、概念だけをもてあそぶのではなく、あくまで音楽に沿ったダンスという形で、何をしようとしているかが明確です。ギリシャの踊りがそうですし、ボレロもそうです。

またダンスという意味では、もとの動きの持つ良さというものを生かすので素直に観られる。過剰なアンチバレエ的ないやらしさがなく、バレエやユニゾンや音はめのもつ基本的な美しさを非常に尊重している。

その上で、それを崩すやりかたも面白いし、バレエ以外の動きを入れるときも、やはりその動きの本来持つ良さというものを生かす方向に振り付けるように思います。それでいて、つぎはぎだらけのちぐはぐになるわけでもなく、一つの作品としてきちんとまとまっている。

書いていてなんか当たり前すぎて何を書いているんだという気になってきましたが、逆に言うと、そういうものってあまりないように思うのです。ベジャールのある意味での「すれてなさ」が感動を呼ぶのかと思います。3月のベジャールバレエ団来日も楽しみですね。