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アート・ヒステリー

アート・ヒステリー ---なんでもかんでもアートな国・ニッポン

読みやすいし全体的に良くまとまった本で、題名からスノップに見えるが意外と真面目な本。現代美術に全く興味ないとつらいけど、現代美術ってなんか変だよねと多少興味を持ったらオススメできる。

3つの章で成り立っているが、美術史について多少知っている人は一章、日本現代美術の現在の動向について知っている人は三章の話は、よくまとまってはいると思うが、それほど目新しい感覚はないのではないか。もちろん個別の話は知らないことも多く、鋭い考察も多いけど、全体を通した新しい主張のようなものはないように思える。

ただこれを悪いと言っているわけではなく、本の対象読者に美術について全く知らない人も入っているので、前提となる事実や主張に変に偏りがないことは重要である。

個人的に面白かったのが二章の義務教育での美術教育史の話で、一般的に美術の話で取り上げられることがほとんどない話であって面白かった。このネタだけで一冊書いてもいいんじゃないか。世間が美術に求めるものの縮図が美術教育に反映されているが、それは子供、美術界、産業界いずれにとってもあんまり意味のないものではないかという指摘は興味深い。

鑑賞という点では、自分は美術には学生時代は全く興味なかった。興味を持ち始めたのは20歳以降の話で、主に雑誌 広告批評から明和電機横尾忠則村上隆あたりへの興味から辿り着いた感がある。美術館にそれなりの頻度で行くようになったのは30歳以降である。美術教育が変わっていたらもっと興味を持っていたかというと微妙な気もするが、それらが学校で習った美術と結びついているという認識にだいぶ時間がかかったのも事実だったりする。教育にそのあたりのヒントがあってもいい。

制作という点では、日本には過剰なくらいマンガ文化が根付いており、絵のレベルもべらぼうに高い。マンガ家さんも当然のように美大を出ている人がほとんどのようだ。そのあたり子供にとってうまい絵を描きたいというニーズは結構あるのではないかと思う。学校でマンガを描くというわけではないにせよ、そういうニーズを拾って、教育に結びつける考え方も大事ではないか。


三章のまとめについては同意する部分も多い。自分も「芸術によって心が豊かになる」という言説ほどうさんくさいものはないと思っている。ただ気になる部分もある。

「父殺し」を徹底するなら、現在の税金によって無批判に守られた美術館制度そのものを殺すべきではないかというのは、もちろん極論として言っているのだと理解しているが、納得できる部分もある。しかし、日本においては「美術」はたかだか100年前に生まれたものであり、それ以前のものは「美術」という枠組みがなくなったところで否定されるべきではないのではないか。ぶっちゃけていえば東京都現代美術館は潰してもいいけど、東京国立博物館は関係ないじゃんという話である。

また日本の特殊性のようなものが、それまでの理論から強調される部分が多いが、そもそも「父殺し」の歴史は西洋美術のコンテキストによるものであるなら、別に日本に限ったわけではなく、西洋も同じ問題があるわけだがその点はどうするのか。世界的には西洋でない地域はほとんどなのだが、そこは関係ないのか。たかだか200年しか歴史がなく、美術の受容の歴史の長さという意味ではあまり変わらないアメリカはどうなのかという気もする。

そして最後の手紙そのものが、現代美術の枠組みの中でキレイに「消化される」ように思えてしまうこと。美術として成立しないことそのものを美術の枠組みの中に取り込んでしまうこと、それそのものが既に全く新しくないシステムとなっている。そのこと自体が、現代美術の面白い部分であり、希望であり、そして絶望である。

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