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電子書籍は紙書籍より安くて当然なのか?

ネットで良くある議論に電子書籍の価格が紙書籍とあまり変わらないのはおかしいという指摘があります。消費者として安い方がいいというのは理解できますが、「安いのが当然であり、紙書籍と比較して相対的に高い」という指摘すら行う人がいます。

書籍に限らず、音楽、映像などコンテンツの電子化においてこれらの指摘は昔から多いのですが、そもそも電子化されたものは大幅に安くできるというのは正統な根拠があるのでしょうか? それらについて考えてみました。

ネット配信もコストはかかる

よく言われるのが「複製、流通コストが安い」という意見です。確かに紙の書籍は印刷、流通、販売にお金がかかり、それぞれを別の業者が行うので、業者毎に利益を取る必要があります。

しかし、ネット配信にもお金はかかります。サーバー自体にお金がかかり、メンテナンスのための人件費もかかります。作者や出版社が直接配信しているわけではなく、電子書籍にも小売りと卸売りが存在します。そこへの利益も必要です。

それらを比較して電子の方がどれだけ安いかという検証は必要だと思います。

固定費、変動費モデルは制作費の割合が高いと無意味

価格を考えるときの基本は固定費、変動費モデルです。"価格 = 固定費 + 変動費 + 利益"というモデルで、先の流通コストの話は上記に当たります。

この話は製造業ではあまり問題ないのですが、コンテンツだと重要な視点が抜けています。それは制作費の回収です。つまり、1000万円の制作費がかかったら、上記の利益が1000万円になるまでは実質的には赤字です。宣伝費も同じ性質になります。

製造業だと、固定費、変動費に対して制作費の割合が低いので無視しても問題にならないのでしょうが、コンテンツの場合、むしろ制作費が費用の主体ではないでしょうか。

ソフトウェアの場合はもともとそれしかありませんが、紙の書籍やCDにしたところで、複製のための費用はたかがしれているように思います。そうだとすると、そもそも固定費、変動費モデルで考えること自体が無意味です。

利便性の価格は印象論にしかならない

電子書籍は中古に売却できないし、書店のサービスが終了したら読めなくなるから、CDやDVDのレンタル並みの価格にすべきだという意見があります。

中古に売却できたところで、制作側にとっては不都合しかないので、それを考慮する理由がないですし、サービス終了のリスクを期間限定のレンタルと同じに考えるのは無理があります。

そして、電子化にとって収納場所が不要になる、持ち運びが便利になるなどの利便性があるのですが、それらの利便性をもってもっと高くてもいいという結論にならないのは何故でしょうか。

利便性の価格というのは、絶対的な基準というのはなく、結局比較による印象論にしかならないように思います。

消費者にとって適切な価格は常に無料

「もっと消費者のことを考えて価格を決めるべき」という意見があります。しかし、消費者にとって最も適切な価格は常に無料です。消費者のことを考えた価格というの存在しないのであって、消費者と制作者が両方納得するという均衡点としての価格しかありません。

ネットでは広告モデルや、基本無料で一部有料モデルによる「無料」が溢れています。それらはまるでお金がかかっていないように見えるだけで、実際は多くのお金がかかっています。

"FREE"の問題点

FREEという本が話題になったことがあります。上記の固定費と変動費がネットではほぼ0になることを元に、ビジネスモデルとしての無料の可能性に言及した本ですが、かなり問題の多い本だと思っていました。

1つは先に挙げたように、そもそも既存のコンテンツビジネスにおいて、固定費と変動費が小さな割合であれば、それが無料に近くなってもビジネスモデルを変革できる理由がないと言う点です。

2つめは、ビジネスの選択肢として、製作側が能動的に選択可能なビジネスモデルとしての「無料」と、新興国による海賊版が当然という中で、仕方なく選択させられた「無料」のビジネスモデルを意図的に混合していることです。

ビジネスモデルは、あくまで制作側が決める物で、海賊版の存在を盾に強要される物ではないと思うのですがどうでしょうか。

無料モデルはコンテンツには向かない

音楽の場合、無料で配ってライブで儲けるというモデルも言われますが、それは10年以上前から言われていて、「先進的な」アーティストが取り組んだ物の、結局主流にはなり得なかったビジネスモデルです。そもそも書籍はどうライブにすればいいのでしょう。作者が朗読会でもするのでしょうか。

コンテンツにおいて無料化が唯一「成功した」ように言われるのがゲーム業界でないかと思います。ただ基本無料のコンテンツ課金のゲームと、一括課金のゲームにはビジネスモデルだけでなく、コンテンツの内容自体に大きな違いがあり、同じコンテンツを無料化したと考えるには無理があります。

定額配信モデルはそれなりに成功しているようです。これはDRMもあって、お金を払うことから無料モデルとは言えませんが、妥協点としては適切な気がします。

コンテンツを無料、もしくは制作費も回収できないほどの低価格で配信するモデルは、今後も成功しないのではないかと思います。

iTunesは「成功」したのか

ネットによるコンテンツの低価格化とDRMなしにより成功したモデルとしてAppleiTunesが挙げられます。iPodの革新性と、iTunesのビジネスモデルの成功については認めます。消費者にとっては間違いなく「成功」でしょう。

自分は音楽に詳しいわけではないですが、しかし音楽業界としてはむしろ「失敗」と捉えられることもあるのではないでしょうか。特にアメリカではCD流通の小売は壊滅しましたし、アーティストの側からもダウンロードは儲からないとの意見もあるようです。

iTunesの価格が仮に上記で述べた電子化によるコスト削減を適切に反映した価格であれば、小売りはとにかく、アーティスト側から不満が出ることはないように思われます。その意味では不当な低価格である可能性も否定できません。

DRMなしについてはAppleが流通を独占した後で行った施策ですので、制作側には反論の余地はなかったと思われます。

何より、音楽に続いて電子化された書籍や映像がAppleに対してそれほど協力的でなかったのが、コンテンツ業界としての評価を示しているように思います。

文化にとって「成功」とはどういう状態なのか

文化の「成功」には立場によって大きく定義が異なるように思います。タダならいいという純粋な消費者の定義もあるでしょうし、既存の流通も含めて業界なのだから、それらの全ての売上げを増やすことが成功だという考えもあるでしょう。

電子化によって不要になるように言われる、出版社、レーベルなどの存在についての考え方も、人によって異なるように思います。作家、アーティストにとっては自分でマネジメントしたい人もいるでしょうが、製作に集中したい人もいるはずです。新人を育てる役割も無視できないでしょう。

個人的には、コンテンツの質を維持するために、電子化しても価格は固定費、変動費の減少量から実際に下げられる価格以上に下げる必要もないし、DRMも必要であると考えます。

いろいろな考えがあると思いますが、安易に「電子化だから安くするべき」「ネットだから無料」というのは間違いだという認識はあるべきではと思います。