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ライアン・マッギンレー BODY LOUD!

「アート無罪」という言葉がある。現代美術を揶揄した言葉だが、「社会的に非難されることをアートと言って開き直る」ことに対して非難する際に使用する言葉である。まあ現代美術的にはダダイズムとかで100年くらい前からある議論である。

ライアン・マッギンレーの作品では、裸の人間が大自然の中でポーズを取っている。明らかに寒そうな氷河の中にいたりもする。彼らは明らかに現代人で、常々自然の中で暮らしているというわけでもなさそうだ。

これを見て自分が最初に思ったのが、最近とある会社の社員旅行でタイのリゾートビーチで全裸になって問題となった件だった。それ以外にも全裸で何かしてそれをツイッターに上げて炎上した件には事欠かない。

もちろん、この作品の撮影は周囲に人がいないことを確認して行われたのだろうから、周囲に迷惑をかけているかという点では問題がないだろう。

とはいえ、これらの写真を有名写真家であるという前提なしで、ツイッターに上げたらどうなるだろう。ほぼ確実に、撮った人、撮られた人、時間や場所の詮索がネット上で広範囲に行われて、いかなる説明をしようとも、確実に「炎上」するのではないだろうか。要するにこれは典型的な「アート無罪」案件なのである。

で、それがつまらないかというと全くそんなことはない。これが人間でなく野生動物だったら何の違和感もなく美しい自然写真になるのに、これが裸の人間であるだけで、あふれ出るコラ感。

人体の美しさとか自然としての人間の美しさを強調する方向ではなく、どこかやっちまった感のある方向だからこそ、かえって人間って自然の中でなんでこんな違和感あるんだろうと考えさせられる。

自分はアートとしての価値と、社会的な罪は全く切り離されるべき問題だと思うので「アート無罪」であるとは思わない。しかし、きちんと罪にならない前提を作った状態での「アート無罪」的案件には、見過ごせない価値があることもあるのである。