人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2017/04/14
  • メディア: 単行本
「経済学者はそもそも役に立ってるのか」と思っている社会人や、経済学部になんとなく入ってしまった学生にも読んでほしい良い本だと思います。

個別の論文の内容も面白いんですが、この本は構成が面白いですよね。

「人手不足」「賃金が上がらない」という問題は、特に経済に興味がなくても労働者であればなんとなく感じているであろう、あえて皮肉に言うなら「ポピュリスト」な人々にも共感されそうな問題です。

それに対して22名の経済学者が様々な立場から論文を書く構成。読んだところでこれが絶対という結論は出ません。まあおおむね一致する方向というのはそれなりにあるのですが。

ガチガチにモデルと数式による人もあり、統計を複雑に駆使して欲しいデータを導き出す人あり、非常に狭いが面白い点に着目する人も、大局を観ようとする人もいます。物事の分析には様々な視点や方法があり、経済学ではこういうものの見方をするのかとわかるのではと思います。

まあ経済学の本って単一の理論を根拠づけるための事例紹介が多くて飽きることが多いですよね。そして長い割に、これは考え方の一つで逆の考え方は別の本を読めみたいな感じになる。それに比べればはるかに読みやすいです。

内容の話としては、先ほど言った「おおむね一致する方向」というのは非正規化ですよね。個人の賃金そのものは傾向として目に見えて下がっているわけでない。ただ60歳以上の正社員の非正規化と、採用の非正規化で全体的に非正規社員が増えているので、統計全体としてみた場合は下がっている。この点は誰もが一致するように思います。

団塊ジュニア出生率を全く上げなかった話にも通じますが、大きな変化が起こるはずなのに変わらないということは、別の大きな構造変化があるということなのだなと。それにしても自分達団塊ジュニアは日本の全てを悪い方向に変えましたね。別に望んでそうなったわけでもないのですが。

少し話は変わりますが、今年の日経新聞は年頭に「逆境の資本主義」という特集をやりました。自分も非常に興味深く読みました。多くの人がこれまで「経済学的には常識」と言われてきたことが、実際には通じていないことを実感している。「人手不足でも賃金が上がらない」もその一つです。

これまで「経済学的には常識」と言われてきたことに反対する人々を、日経新聞は「ポピュリスト」として馬鹿にしてきたわけです。しかし、むしろ経済学について多少は知っている人も、「経済学的には常識」は狼少年なのではないかと思い始めている。そろそろ「経済学的には常識」を錦の御旗にするのは潮時なのではないかという気がします。