機動警察パトレイバー the Movie 4DX上映

30年経って、帆場が少しは理解できたのかもしれない。

申し訳ないのだが自分語りから始めさせてほしい。本作品を初めて見たのは高校生くらいの頃だった。当時仲の良かった友人がパトレイバーが好きで、自分もその影響でアニメ版を見たり漫画版を読んだりしていた。映画版もその延長でその友人の家のテレビで観た気がする。

自分はそのころはコンピュータと言えば、中学の頃MSXで少しプログラムを組んでいた程度で、結局それほど続かずにMSXはゲームマシンとなっていた。

当時はOSの概念もよくわかっていなかったが、それでもBABELのインパクトは凄かったし、身近なものがプログラムにより暴走するということのインパクトはあった。

大学卒業後は東京でプログラマとして就職した。そして携帯電話という機械が、組み込みOSから汎用OSに変わる時代を少し近い立場で見ることになった。

一方で自分は宗教にも細々と興味を持ち続けてきた。オウム真理教事件の影響もあると思うし、美術に興味を持つようになった影響もある。結果として何故か旧約聖書を読み、イスラエルにまで行ってしまった。そんなこんなで独身のまま40代半ばを迎えた。


その立場でこの作品を今観て感慨深くないわけがない。

組み込みOSにバックドアが仕掛けられる危険性。それは今まさにHUAWEIが排除されている理由である。この作品の制作年が1989年ということを知って戦慄している。Windows3.1すらなかったころの話である。

高校の頃は理解ができなかった、社会人としての遊馬や後藤隊長、勉強していても若者についていけないことを自覚しながらも、それでも誇り高く働く榊さん。そして帆場。全員の立場が、自身も社会人として年齢を重ねた今だからこそ身に染みて昔よりわかる気がする。

東京も20年以上住んで、そこから消えていったものも少しわかるようになった。そしてこの映画を東京湾埋立地であるお台場で観ている。まあ単に家から一番近い上映劇場だっただけだけど。

この映画自体は高校のころから好きな映画ではあったが、別にこの映画を意識してその後の人生を決めたわけでは全くない。しかし、この映画は自分の人生の後をついてくるのだ。

そうやって作品と人生を重ねられることは、幸福なことなのだと思う。