プログレッシブキャピタリズム

現状に怒るだけでなく、原因と解決策をきちんと考えてみること。

今回のコロナの問題で、意外に思ったのがアメリカの惨状ではないだろうか。もちろん日本も欧州も問題は大きかったが、アメリカの人口の多さを考慮しても、かなり惨憺たる状態だと思う。

そして中国や韓国、一部の東南アジアの国のほうが、対応に強権的な部分はあるとはいえ、現在は落ち着いていることは事実として認めざるを得ないだろう。

言い方として良くないことを承知で言うならば、コロナという全員が未知の共通テストを各国で受けたら、意外な結果だったということだろうか。それほどまでにアメリカは実は弱っているのかもしれない。


それでも日本から見たアメリカは、少なくとも政界や経済界からは、より経済的に望ましい制度の国だと考えられてきた。特にITという意味では、GAFAの全てがアメリカ企業であり、GAFAの前のIBMMicrosoftアメリカ企業なのだ。

だからこの失われた30年間でずっと日本はより「アメリカらしく」なろうとしてきて、今も成長していないのは「アメリカらしさが足りないから」だと言われている。

やっと本の話に入ると、この本はノーベル経済学賞を受賞した経済学者のスティグリッツが、社会民主主義的な、いわゆる「大きな政府」を支持する観点から現代のアメリカの問題点と、その具体的な解決方法について書いた書籍である。

アメリカの問題は、当然それを目標としている日本の問題でもある。

この本を読んで、2つの大きな疑問がでてきた。

搾取による利益と、努力による利益は区別できるのか

この本においては「大企業による搾取」という言葉が何度も使用される。そして、大企業の利益は「悪い手段によって搾取されたもの」だから、再配分されるべきだという論理になる。もちろん感情的には同意できる。

しかし、現在問題になっているGAFAにおいて、個別の事例においてなにが「搾取」されたのかを立証するのはかなり難しい。もちろん租税回避やアプリの強制バンドルとかはわかりやすい搾取かもしれない。

ではFacebookによるInstagramの買収はどうだろうか。買収当時Instagramの従業員は13名しかおらず、買収額は明らかに過大だと思われていた。Instagram自体も当時はまだアーリーアダプタのものといった感じで、そのあとここまで人気になるかはわからなかった。要するにかなりのリスクを取ったガチャだった。

独占禁止法が問題にするなら、なぜ買収した時点で問題にしなかったのか。たまたまガチャが「当たった」から今になって問題視しているに過ぎない。

これを買収時点で問題にするためには、買収時点のシェアの独占とは別の理由が必要になってくる。独占企業はどんな小さなどんな分野の買収であれ認められないという論理にするしかない。

まあ叩きまくればほこりは何かでるかもしれない。しかし「儲かっているのはなにか悪いことをやっているからだ」という決めつけに基づいて叩くのは、中国が文化大革命ブルジョワを吊るしたのと何か違うのだろうか。

たたき上げで事業を拡大した人、優秀な成果を上げている人というのは、もちろん運や家庭環境の影響もあるだろうが、決してそれだけではなく、それなりに努力をしてきているというのも実感としてあるのではないだろうか。

その土俵にすら上がれない人がいるというのは問題ではあるが、それは彼らは持てる人の中でも人一倍努力したということを否定できるものではない。そう考えたときに、搾取と努力はそこまで明確に分離できるのだろうか。

つまり「悪い手段によって搾取されたものだから、再配分されるべき」ではなく「どのような手段によっても、結果として格差が起きているので、国家により再分配する」という論理にしないと成り立たない。

徴税される側も「お前は悪いことをしているに違いないから罰として没収する」よりも「あなたはあまりにも優秀すぎるので、他の方にもその成果を分け与えていただけないでしょうか」のほうが心情的にいいかもしれない。まあ結果は変わらないけど。

独占企業の分割や再配分により、本当に国家全体の経済が成長するのか

身も蓋もないことを言えば、たとえGAFAが全部3つの企業に分割されて12の企業体になったところで、製造業の仕事が増えるなどということはあり得ない。

事業レベルで分割を行えば、その間では競争も起きないので、価格競争が起きてもせいぜい数%だろう。日本の携帯電話業界ではあれだけ政府が介入し、MVNO等の事業者もあるのに全く価格は下がらなかった。

またこの本で再配分という点で優秀とされている北欧諸国だが、2010年以降の経済成長率という意味では、2%程度で、他の欧米諸国とそこまで変わらない。

そもそも我々北欧の企業なんていくつ知っているだろうか。なぜノキアスマートフォン戦争で負け、ボルボは身売りしたのだろうか。

もちろんIKEAとかH&Mとか元気な北欧の世界的企業もあるだろう。しかし、日本の政治や経済界が目指すような、グローバル企業を作るのに最も適した仕組みの国というわけではなさそうだ。

だとすると、そもそも国家の成長のために再配分を行うのではなく、格差がないという状態そのものを目的とし、そのためには全体としての経済成長を捨てることも辞さないという覚悟がいるのではないだろうか。

経済学者は敵なのか

これはかなり偏見がありそうなことをわかってあえて言うと、左派の人は経済学者に対してあまり良いイメージを持っていない印象がある。

比較対象としてこれも微妙ではあるが、自分は日経新聞朝日新聞の電子版を両方有料購読している。日経新聞のほうは経済教室などで割と左右両方の経済学者の論説が読めるのに対し、朝日新聞は経済学者が出てきてもふわっとした文学的なインタビューしかない。朝日を読んでいるのは、日経があまりにも偏りすぎているからでしかない。

センセーショナルな問題を感情的に煽るだけでなく、もう少し経済の仕組みをきちんと理解しようとする努力がないと、新自由主義に勝つのは難しいのではないか。


この本は実はかなり「エモい左派」の本である。もちろんその大きな理由はトランプ政権と共和党の政策への怒りである。

論点もバランスよく多岐にわたる。そして経済書にしては非常に読みやすい。ノーベル経済学賞を受賞した経済学者が著者であり、経済学の主流ではない主張はあるだろうが、少なくともトンデモ学説を根拠にしているということもないと思われる。

現代の主に格差を巡る数々の問題に対して、まずはこの本をベースに考えてみるのもいいかもしれない。