スロスタ8巻 億さん過去話について

スロスタ8巻を最後まで読んだ。花名ちゃんがついにの巻である。この物語は当然感動したのだが、その理由として億さん過去話が物語として非常にうまいと思ったので、そこについて書いてみたい。

当然8巻のネタバレ有りなので、見たくない人はこれ以上読まないでほしい。










この「告白シーンで感動させる」のは約束された感動であると同時に、物語的には非常に難しい部分だと思う。なぜならどうなるかの予想がついている上、そこを裏切ることも難しいから。

これまでの関係性を見てきた人なら誰でも、この告白によって4人の関係性が変わることなどありえないことは理解できるだろう。告白をしたとしても3人は花名をこれまでと変わらず受け入れるだろうし、それでも花名は泣いてしまうだろうことも予想がつくだろう。

それを素直にやっても感動はする。しかしそれでは物語としては面白みがない。だからといって「受け入れられない」ような展開は誰もが望んでいない。この問題をどう解決するかが物語の腕の見せ所だと思う。

告白パートはStep 91から95までの5話で構成される。これを起承転結で整理してみると以下のようになる。面白いのは転に"億さんの過去話"が入る事だと思う。この意味が今回のキモである。

  • 起: 91 夢での告白
  • 承: 92 93 億さん登場から告白まで
  • 転: 94 95前 億さんの過去話
  • 結: 95後 安心する花名

起: 夢での告白

このパートではいつもの"夢での告白"とその反応が描かれるのだが、面白いのはこの時点で夢として「全員に何事もなく受け入れられる」という誰もが予想する物語を描くことにより、逆説的にそれが現実でも起こる可能性を否定することだと思う。

承: 億さん登場から告白まで

いろいろ話が転がるのだが、まず億さんという花名の過去を知る新キャラの登場で、夢であった自分から告白の可能性を防ぐことで、読者に次がどうなるのかわからないという期待を抱かせる。

ここで面白いのは、きっかけは異なったが一旦「全員に何事もなく受け入れられる」方向で落ち着いて、ここで話が終わったように見せかけることである。

読者は「あれやっぱりこうなんだ」という意味で、起で否定された可能性をさらに否定されると面白さを味わうことになる。

転: 億さんの過去話

ここで億さんと花名との過去の出会いの話が始まる。花名との話なので無関係というわけではないのだが、ここまでの流れから唐突感はなかっただろうか。

考えると花名の告白の話と考えた場合に、億さん自身の過去の話をここまで長くやる必要はない。むしろ読者の期待としては、先も書いたように受け入れの後ですぐに花名が安心して泣くことを期待したのではないだろうか。

もちろんこの話は、そもそも過去の同級生と絶対会わない前提で転校してきた花名に、なぜその前提と異なる億さんがでてきたかという説明であり、花名のやさしさを改めて知るための話ではある。

しかしもう一つ重要な役割があり、この話が入ることで読者は一旦花名の告白の話から注意がそれる。これは結のための狙い通りの効果なのではないだろうか。

結: 安心する花名

最後にまた花名の話に戻ってくる。ここで重要なことは、この結末自体は最初から多くの読者が期待した予想通りの結末であるにも関わらず、一旦転でこの話から注意がそれたおかげで「予想通りの結末」が「突然のサプライズ」的な効果を得ることになったことではないだろうか。

つまり読者の「誰もが望むが予想可能な結末」をその通りに実現した上で、物語的な割り込みを意図的に入れることで、そこから最大限の感動を産み出すことに成功しているのではないだろうか。



告白をしてもこれまでの関係は何も変わらない。例えばラブコメであれば告白によって関係性は変わるので、そこから話を締める方向になるが、その必要はない。そもそも浪人の話は重要な一部ではあるが、ほとんどの話はそこには直接関わらない話である。

ただそれであっても、やはり大きな節目を迎えた感動はある。この後も何の問題もなく物語が続くことはできるであろう一方、10巻辺りで最終巻になるのではないかという気は少ししている。