FAKE

非常に面白かった。森達也入門に最適だと思う。

森達也のやっていることはメタドキュメンタリーだと思う。本人的にはこれこそがドキュメンタリーなんだろうが、一般のドキュメンタリーの認識からすればメタドキュメンタリーだ。

つまり、ドキュメンタリーが一つの真実とそれを伝える客観的な第三者を前提とするならば、森氏は一つの真実も客観的な第三者も存在しえないという基本的な考えから作品を作る。

過去のAやA2はオウム真理教という重すぎるテーマなので、センシティブな部分がある。佐村河内氏の問題は、ほとんどの人にとってどうでもいい問題だ。しかし「どうでもいい」からこそメタドキュメンタリーとして考えるにはいい素材と言える。

佐村河内氏の真実なんかはどうでもいい。メディアとは、事実とは、そして「やらせ」とは何かという話が佐村河内氏を媒介としてどんどん広がるのが面白い。


そして最近この「どうでもいい問題」に対する過剰な攻撃が昔より大きく可視化されるようになったように思う。もちろんこれは昔からあった。しかしツイッターとマスメディアの相互作用がより目立ってきたように感じる。

その対象が佐村河内氏であり、小保方氏であり、佐野氏だと思う。その意味でも「どうでもいい問題」であるのは正しい。

この手の話は事実は当事者の間ではそんなに大きくずれていない。たいていの場合事実は中間だったり証明が難しかったりす。そこで結局当事者の認識の違いが論点となる。佐村河内氏の作曲や耳の件はまさにそうだ。

しかしそれでは面白くないので、そこをいかにみんなで殴って黒と言わせるかというエンターテイメントになっている。中学校のイジメと本質はたいして変わらない。

もちろん、事実を明らかにする報道に意味がないわけではない。佐村河内氏の件にしても、あれを全て彼の作曲というのは無理があるだろうし、本人もそれは認めている。ただそれだけの問題で、あとはどうでもいい。

ネット上の危険のない位置からのどうでもいい問題に対する過剰な正義感の発露を見ると、その正義感を全員が当事者となっている問題に向けてくれれば、どんなに世の中はよくなるだろうと思う。

なおこれから観る人のために言っておくと、東京の上映館のユーロスペースは物凄く混んでいるので注意。40分前くらいに行って立ち見だった。映画で立ち見は久しぶりだった。

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