ローマ亡き後の地中海世界

海賊王になってはいけない。

なんともぼんやりしたタイトルだけれどそれは意味がある。間違って塩野七生をこの本から読んではいけない。あくまで塩野七生の著作をある程度読んだ人が、その著作の間を埋めるための本である。

だから本書で扱う地域や時代の主要な出来事は他の著作で書かれているので、そちらを読んでくれと書かれている。そのため他の著作のようなヒロイックな出来事はほとんどない。正直に言えば結構退屈な本ではある。だからといってこの本に意味がないかというとそれは違う。

この時期の地中海はイスラムの海賊との戦いに明け暮れた時期である。海賊と言うと船を襲うイメージだけれど、別に船だけではない。陸にも上がって略奪を行い、住人をさらって奴隷にする。しかもそこにキリスト教イスラム教という対立が挟まるので、海賊がイスラム国家の保護を受けることになる。

一方でキリスト教側はローマとビザンチン帝国、カトリックプロテスタント、フランスとスペイン、イタリアの都市国家同士などの幾多の対立があってまとまった海賊退治ができない。

もちろんそれなりに効果のある対策を立てたベネチアのような例もあるが、ベネチアは海の都の物語で詳しく書かれているので本書では書かれない。結局本書で書かれるのはほとんどが海賊にやられっぱなしの話ということになる。

なぜか"海賊"にはヒロイックなイメージがついているのだが、実際はそんなわけはない。"カリブの海賊"をヒロイックなイメージに捉えられるのは、アメリカがたいして海賊の被害に遭っていないからかもしれない。むしろアメリカは略奪者の側なのだから。

我々が悪いことを悪いと思えるのは、悪いことをした人物に対して罰を与える国家の存在があるからである。異教徒であれば殺すことが善であると国家が保証すれば、人は躊躇なく人を殺すことができる。治安というものの価値をあらためて認識した。