なぜ理系に女性が少ないのか

データから真摯に判断しようとしている点は評価できるが、いくつか問題点もあるように思う。

自分は実は理学部物理科だった。もう30年近く前になるが当時から物理科の女性は少なくて40人の学科に2名くらいしかいなかった。その後はITエンジニアをずっとやっているが、自分のいる職場では20人に1人くらいしか女性はいない。

ITエンジニアは本書によれば2割が女性ということだが、実感としては規模や業種でによって女性比率が異なる印象だ。大手SIerは新卒から入るのでそれなりに多いが、中小の会社は中途がほとんどなのもありかなり少ない。

好んで女性のいない場所を選んできたわけでもないのだが、自分の適性を考えて進路を選んだら結果的に女性がほとんどいない道だった。

女性が多い方が生産性や品質が向上するのかと言われるとわからない。しかしながら20人に1人というのは明らかに何かがおかしいとは思う。

自分が就職したころの30年前ならITと言えばブラックの代名詞だった。まあそういう部分が今もないとは言えない。しかしIT産業のイメージは2010年以降確実に上がった。

人材の需要もあり、収入もそれなりに安定的に確保されている。肉体労働があるわけでもない。自分の周りを見る限りは産休取得率や復帰率もかなり高い。工場や店舗勤務と比べると比較的勤務時間の自由度も高く、今ではリモートワークの浸透度も他業種に比べて高い。

それでもIT業界に来る女性は圧倒的に少ない。30年前と全く変わらないように見える。雇用しようにも求職者自体がいないので雇いようがない。それは何故なのかが本書を読んだ理由だった。


全体的には丁寧に書かれていると思うが2点気になる点があった。

まずは文系理系の選択に注目する割には、その理由について結論ありきで調査をしているように思える点である。

理系と文系の選択の時点で男女比に差がある事に注目するのは正しい。しかしながら本書はその理由として社会的イメージやジェンダー平等度にこだわりすぎている印象を受ける。

そもそも高校生は理系と文系の選択をどのような理由で決めているのか。なりたい具体的な職業がある場合もあると思うし、単純に数学や理科の成績が悪い場合もあるだろう。もちろん本書で言われているイメージや親の影響もあるだろう。

女性の数学の能力についてはPOSAのデータで「世界的に日本女性の数学能力は高いから問題ない」の一点張りである。「世界的に数学の能力が高いから」理系を選ぶという人は普通いない。通常は同じコミュニティの他者と比べるはずだ。

また平均的にすべての点数が高い場合と、理系は得意だが文系は苦手な場合を一緒にすることはできないだろう。注目すべきは理系科目が文系科目よりも成績がいいのに文系を選んだケースや、どちらも変わらないケースだと思う。理系と文系の選択を問題にするなら、その点はもう少し深堀りすべきではないだろうか。


もう一点気になるのが「数学と物理」にこだわりすぎているので、一般的に「理系全体」の議論としては不十分に見えることが多いことだ。

この調査自体がもともと理学部の数学科と物理科に女性が少ないのは何故なのかを調べるという目的なのでその点は仕方ない部分もある。しかしながら理学部の数学科と物理科というのは理系全体の中でも極一部に過ぎない。

本書のまとめにあたる効果的な施策の提案で、就職に結びつきやすいことをアピールすることが重要と書かれているが、就職に結びつきにくいと思うのは数学科と物理科のみ顕著な話ではないだろうか。

自分が学生だった30年前から確実に就職できるのは文系より理系と相場が決まっていた。もちろん工学部のほうが推薦が多く就職しやすかった。

本書の調査でも就職に結びつきやすいかどうかという点では学部と男女差にほとんど相関がなかった。だから数学科と物理科の就職をアピールすれば「男女問わず」進学希望には効果がある。一方で男女比を変える効果はほとんどないだろう。


全体的には意外感のあるデータはあまりなかったが、最後のジェンダー平等パラドックスだけは面白かった。ジェンダーギャップ指数が平等な国ほど、女性の理工系卒業生の割合が低いというデータである。

本書では途上国には他に女性の進路がないことが理由として挙げられているが、ジェンダー議論では必ず出てくるフィンランドノルウェーの女性の理工系卒業生の割合が20%で日本と同レベルであることは無視できない。不都合な真実として目をつぶるのではなく、きちんと向き合うデータだと思う。


自分自身は以前にも書いたが、この問題については理系の学科に女性枠を強制的に設けるしかないのではないかと思っている。推薦とか面接ではなく、単純に入試の点数を二重基準にする。

アフォーマティブアクションとはゲタであり不平等である。しかしそこから目を背けてはいけない。きれいごとでなんとかなるものではないのだから。