令和元年のテロリズム

人生は皆異なる。

本書は令和元年に発生した3つの事件、川崎殺傷事件、元農林水産省事務次官長男殺害事件、京都アニメーション放火殺傷事件についてのルポタージュである。

川崎殺傷事件とは男が小学校の児童を無差別に殺害し犯人は自害した事件。元農林水産省事務次官長男殺害事件は、元農林水産省事務次官が引きこもりの長男を殺害した事件、京都アニメーション放火殺傷事件については説明不要だろう。

その中でも自分が以前からどうしても気になっていたのは京都アニメーション放火殺傷事件だった。本人が自身の応募作品を盗作されたという考えを持っていたにしても、なぜ自身の好きな作品を制作したクリエーターに刃を向けなくてはならないのか。

農林水産省事務次官長男殺害事件は被害者、他の2つの事件の加害者には共通点が多い。いずれも40-50代の中年独身男性であること。長期にわたってひきこもりの状態にあったことである。このことから似たような背景や人物像を想像していた。しかし本書を読むとかなり異なる事がわかる。


川崎殺傷事件の加害者はネットもやっていなければスマホさえ持っていなかった。特にアニメやゲームが好きなわけでもなかった。麻雀が強くて若い頃は雀荘で働いていたこともあったらしいが、これは何の参考にもならない。この事件については加害者は自害してしまい、ほとんど情報が存在しない。


農林水産省事務次官長男殺害事件の被害者は、アニメやゲームが好きな典型的なオタクである。むしろ彼は代々木アニメーション学院を卒業しているくらいなので、極めて真面目なオタクであると言える。DQ10ではトラブルもかなりあったがイベントなども主催していて、これもかなり真面目なオタクぶりだ。

その真面目なオタクぶりが災いして高校時代にはイジメをうけていた。1990年代はオタクであることでいじめを受けることがさして珍しくもない時代だった。

本書ではTwitterに書かれた文をかなり多く引用している。問題がないとは言わないが、正直Twitterユーザーの半分は同レベルなのではないだろうか。Twitterは個人の闇が過剰に出る傾向があり、Twitter上は問題があっても、本人は至って常識人であることは少なくない。

彼は家庭環境と言う意味ではエリートの家庭であり、親の補助があって金銭的に困ることはなかった。

また彼については家庭内暴力という点では明らかに犯罪者ではあるが、他の人物と異なり無差別殺人を行ったわけではない。この違いは無視できない。親に対する暴力は共感できないものであっても、理由が全くわからないわけではない。


京都アニメーション放火殺傷事件の加害者はまた大きく異なる。彼の家庭環境は良くない。祖父、父、妹がいずれも自死している。

上記2名との大きな違いは逮捕歴が何度かあることである。その後更生保護施設に入ったが、身元引受人のいない状態で出所している。

本書では彼のアニメとの関係は全く書かれていない。部屋の話や昔の友人の話も出てくるがそこでも全く触れられないので、目立った部分ではなかったのだろう。2000年代においては京都アニメーションのアニメを観ていることはさほど珍しい事でもない。


正直、川崎殺傷事件と京都アニメーション放火殺傷事件については情報が乏しく、これを読んでも大量殺人を起こした理由には近付けないというのが実際だ。雑誌の連載をそのまま書籍化しただけなので仕方ない部分もある。

農林水産省事務次官長男殺害事件については、長男は典型的なオタクで行動に問題があったとはいえ、大量殺人を起こしたわけではない。

一つだけ確実に言えるのは、表面的な類似点から、似たような事件の犯人像を勝手に当てはめてしまうことは間違いだということだ。それによって、実際は異なるのに、同じような人物が多くの事件を起こしているような錯覚を起こしてしまう。問題はそんなに簡単ではない。