池内晶子 あるいは、地のちからをあつめて

見えないものについて考えさせられる良い展示だった。府中市美術館。

池内晶子という名前は覚えていなかったが、赤い糸を使用した印象的な作品はいくつかの展覧会で観ていて印象が強かった。その作家の美術館の初個展ということで行ったのだが、そのうち一つの作品がかなり面白かったのでそれについてのみ書いてみる。

Knotted Thread--red-east-west-catenary-h360cm という長い名前の作品で、大きな作品としては最も奥の展示室にある作品である。最初に展示室に入ると薄暗くて、部屋には何もないように見える。床に一定以上進めないためのラインがある事から、何か作品があるのだろうということだけがわかる。部屋にはところどころスポットで照明が入っている。

展示室入り口から少し右に移動すると、光に照らされて数本の糸がゆったりと平行に張られていることがわかる。この糸は不思議なことに、入り口の角度からはは目を凝らしても見えない。そしてこの位置からも数本は見えるものの、奥がどうなっているのかはわからない。

もう少し右に移動して展示室の中央付近に移動してみる。すると先ほど糸が見えたのとは別の場所に、もっと広い範囲で糸が見えるようになる。糸はさきほどのものと同じようだが、もっと奥まで糸が張られているらしい。この部屋全体に張られているようだ。

糸は等間隔でゆったりと張られているので、糸の連続が立体的な曲面を構成しているように見える。そして糸は軽いので、室内の空気の動きによって、生き物の皮膚のように波打って動いて見える。

更に動いて位置を展示室の端に移動してみる。すると不思議なことに先ほど見えていた糸の平面がまた消えてしまう。


プリズムのような特殊な光学的仕組みを使用することなく、糸と光の調整だけで、このような不思議な体験をできることがまず衝撃だった。俗っぽい例えをするなら映画やゲームである赤外線の探知装置みたいな体験である。

しかしもう少し考えを深めてみると、我々が見えている現実というのは物事の一面に過ぎなく、見えていない何かがあるのかもしれない。ほんの少し見る位置を変えて見れば、それが見えるのかもしれないということを考えさせられた。

SF小説の"天冥の標"を読んでいるのだが、そのなかにストリームという概念が存在する。説明が難しいが神とも異星人とも異なる超意識体のような概念なのだが、そのことをこの展示を観て思い出した。