政治的に正しい性的嗜好

ジェンダー関係の話を読んだりしていて思うのは、「政治的に正しい性的嗜好を男性は矯正されるべきかどうか」という問題から逃げても表面的な話になるのではないかということです。

以下は共通認識としてほとんどの男性も同意するのではないかと思います。

1. 男女間では社会的な力に依然として格差がある
2. その理由は、男性は社会的な力が弱い女性を好み、女性は社会的な力が強い男性を好む性的嗜好があるからである

ここでの言葉の定義を説明しておくと、「性的嗜好」というのは単にセックスだけではなく、恋愛や結婚の対象という意味も含みます。要するにモテです。「社会的な力」は収入や社会的地位でなんとなくわかるかと。

ここで2つのアプローチがあります。一つは1の格差の結果を直接的に改善しようとする方向です。例えば、同一労働同一賃金、男性の家事育児参加の奨励、アファーマティブ・アクション等です。

各論の問題点や反対は当然あると思います。ただ「結果としての格差を平等にすべき」という原則そのものに反対する人は、さすがに現代ではいないのではと思います。

問題はもう一つのアプローチ。2.の男性の性的嗜好そのものを問題視し、それを教育によって矯正すべきという方向です。性表現の問題はこちらに当たることが多い。

ここで「社会的に強い異性を好む」という価値観は、社会的な向上をもたらすインセンティブになるために「政治的に正しい性的嗜好」とされます。女性はそのために政治的より正しいという前提になります。

この話を正面切ってする人はあまりいない。当然「性的嗜好に正しさを決めることがそもそも適切なのか」という問題もあります。また特に社会的に強い女性が言うと「私がモテないのは全部お前らが悪い」的に取ることも可能であるという点はあるでしょう。

ただ少なくともここに関する話をする際に、女性は「政治的に正しい性的嗜好を男性に求めている」という自覚はあるべきです。そして男性はこの点について揶揄せずに真剣に考える必要はある。その上で納得できなければ反対すればいいと思います。