転職学

特に今転職を考えてるというわけでもないのですが、どこかで読んだこの著者の記事が面白かったので読んでみました。正直そこまで目新しい主張もないのですが、それなりに面白い部分もありました。

自分も40歳代で転職したので、特にミドルの転職については思うところもありました。いくつか引っ掛かった部分を書いてみます。

前向き転職理由の呪い

この本にも日本人の転職理由は不満が理由が多い、転職成功者は前向きな理由が多い、だから自己分析で前向きな転職理由を探せ的な話が書いてあります。データの裏付けが多少ありますが、主張自体はどの転職ノウハウにも書いてあるやつですね。

ノーガードで転職活動する人以外はそんなことわかっている。だから自己分析をして、なるべく嘘ではなく、しかし見せたくない情報は入れない前向き転職理由のストーリーを、まるで作家のように作るのだと思います。たしかにこれはナラティブです。

これは転職準備を真面目に行う人ほど、本当の自分の考えとは異なることを話す可能性があるということです。だから採用担当者はその嘘を見破ろうとする。しかしたった数度の面接でそれを見破るのは難しい。

結果として「面接の時に言っていたことと違う」ことになって、採用した側も期待外れとなり、採用された側もカルチャーマッチしない状態になって早期にやめたりします。

自分自身は採用担当になったことはないですが、同じチームに入った人がこの理由でやめたのも何度も見ています。また自分自身がこの理由で入社後かなり苦労した経験もあります。


思うのは、特に自己啓発的コンテンツでは以下の前提をみんな無邪気に信じすぎではないかということです。

  • 人にはみな「本当にやりたいこと」がある
  • 「本当にやりたいこと」は自己分析により発見できる
  • 「本当にやりたいこと」を「仕事」と一致させることは可能である

実際のところそういう人がいるのは確かだし、そういう人が仕事において成果を出しているのも事実かもしれない。とはいえそれは99%の人には当てはまらないのではと思います。

しかしながら、そういう前提が社会において期待されているので、よくあるキラキラインタビューではみんなそういうフリをしている。それをみんな生真面目にとらえすぎているのではないかと思います。

所詮仕事はお金をもらう手段に過ぎない。お金をもらうためには他人に求められているが、皆がしたくないことをしなくてはならない。

必要なのは他人に求められることの中で「できること」と「絶対に嫌なこと」の分析であって、それ以上は嘘をつくしかないのではないかと思います。

「新しい提案」は求められていない

ミドルの転職におけるオンボーディングの難しさについてはこの本でも強調されており、これは確かにうなづける部分があります。自分も苦労したし、人によっては試用期間で解雇ということもあるようです。

マネージャーではなくプレーヤーであっても即戦力を期待されるのはある程度仕方ないところ。問題はそれよりも、外部からもたらす新しい提案が、既存の社員にとっての強い抵抗要因になることではないかと思います。

自分も入る側でも受け入れる側でも経験があります。これは既存の社員が必ずしも悪いわけでないというのが難しいところです。

外部から短期間でわかるような問題点というのは、ほとんどの場合既に何度も問題になっており、それなりの議論をもって現在の状態に落ち着いていることが多い。

その上「前の組織ではこうだった」という理由は現在の組織においては何の文脈も共有されていない。入ったばかりでは信頼貯金もない。その状態で問題を指摘しても、単に反発をくらうだけのことが多いのです。

採用する側は「新しい提案を期待している」的なことを必ず言います。採用される側も自分が有能であることを短期間に示すためにこの方法を取りがちです。しかしそこは半年抑えたほうがいい。

ほとんどの組織において期待されているのは実際のところ「新しい提案」ではなく「まずは現状を理解する」ことなのだと思います。だからいきなり提案するのではなく、そうなっている理由を聞く。

もちろん成果は出す必要がありますが、それはあくまで「現状のその組織の方法」において出す必要があるのです。新しい提案をするのはそこで信頼を貯めた後でいいのです。

雇用の流動性は上がっていないのか

日経では未だに「日本は終身雇用」という前提で雇用についての問題が語られます。

一方で実際に自分の周囲で新卒で入社した会社でずっと働いている40歳以上の人を見たことありますか? 自分は一人も知らないです。

もちろん自分はIT業界という比較的流動性の高い業界の知り合いが多いのもあります。しかしながら他の業界の人でもそうですし、自分の親でさえ転職しています。

「40歳以上で新卒で入社した会社でずっと働いている人」がどれくらいいるのか。実はこのデータは意外とないのです。

厚生労働省の雇用の構造に関する実態調査においても転職者の転職回数は調査されているものの、転職回数0回の人がどれくらいいるかはわからないのです。

本書においても「雇用の流動性は上がっていない」と結論づけられています。理由として正規雇用、非正規雇用それぞれの転職率が20年近く変化していないことを根拠にしています。

しかし非正規雇用正規雇用の約2倍の転職率であり、非正規雇用率が上昇していることは周知の事実なので、この結論には無理があるように思います。

思うのですが新聞社のような大手マスコミにおいては、新卒入社がそのまま終身雇用で働き続けるのが当たり前なのだと思います。だからその前提で認識が止まっている。

もしくは企業側は自由解雇がしたくてたまらないので「現在も終身雇用である」という前提が必要なのではないかと思います。